「もう賃上げはできません!」企業の8割超が注目する「第3の賃上げ」とは

物価高と人手不足を背景に賃上げが続く一方、企業の8割以上が「賃上げに限界を感じている」と回答しています。とりわけ中小企業にとって、毎年のように基本給を引き上げ続けることは簡単ではありません。そこで注目されているのが、福利厚生を充実させ、従業員の生活負担を軽減する「第3の賃上げ」です。給与だけに頼らず実質的な手取りを増やす方法は、人材確保や離職防止の切り札になるのでしょうか。

「もう賃上げはできません」中小企業の85%が限界

「今年も5%の賃上げを」と言われても、もう無理です――。

そんな中小企業経営者の本音を裏付ける調査結果が出ています。ITエンジニアや医療・介護従事者などの人材支援事業を展開するレバレジーズが2026年8月に発表した「第三の賃上げ」に関する実態調査によると、直近3年以内に何らかの賃上げを実施した企業は9割を超えました。

賃上げの理由で最も多かったのは「物価高騰に伴う従業員の生活支援」の67.6%です。「優秀な人材の獲得競争力を高めるため」が50.0%、「既存の従業員の離職防止・定着のため」が48.5%と続きます。

つまり、企業は業績が好調だから賃金を上げているだけではありません。物価高から従業員の生活を守り、人材を採用し、社員の離職を防ぐためにも賃上げを迫られているのです。

一方で、「賃上げに限界を感じている」と回答した企業は83.1%に達しました。中小企業では85.1%です。

2026年春闘の賃上げ率は連合の最終集計で5.01%となり、3年連続で5%台となりました。一方、300人未満の中小組合は4.69%で、全体を下回っています。大企業と同じペースで中小企業が賃上げを続けられるとは限りません。月給30万円の社員を5%賃上げすれば、月1万5000円、年間18万円の基本給増となります。100人なら単純計算で年間1800万円です。さらに企業側が負担する社会保険料なども増えます。

しかも、原材料、電気・ガス、物流、外注費なども上昇しています。調査でも、賃上げに限界を感じる理由のトップは「人件費以外のコストが上昇しているため」の72.2%でした。価格転嫁や生産性向上が追いつかなければ、賃上げするほど利益が圧迫されます。

しかし、「今年は賃上げしません」と言えば、採用競争で不利になり、離職を招く可能性があります。「賃上げしたい。しかし、これ以上は上げられない」というジレンマが、中小企業の大きな経営課題になっています。

給与だけに頼らない「第3の賃上げ」とは

そこで注目されているのが「第3の賃上げ」です。福利厚生などを充実させ、従業員の生活費負担を軽減することで、実質的な手取りや可処分所得を増やす取り組みを指します。

たとえば、食事補助なら食費、住宅補助なら家賃、健康診断や人間ドックへの補助なら健康関連の支出を軽減できます。額面給与が増えなくても、従業員がこれまで自分で負担していた費用を会社が支援すれば、生活に使えるお金を実質的に増やせるという考え方です。

レバレジーズの調査では、「第3の賃上げ」を実施すると決めている企業が23.1%、検討している企業が55.7%で、合わせて78.8%に達しました。導入を決定・検討している施策では、「健康診断・検診費用の補助」が49.3%で最も多く、「住宅補助」48.5%、「食事補助」38.7%と続きます。

企業が注目する理由の一つは、基本給の引き上げに比べて、費用をコントロールしやすいことです。ベースアップは固定費となり、簡単には元に戻せません。一方、福利厚生は制度によって会社負担額や利用上限などを設定できます。自社の従業員が必要としている分野に重点的に資金を振り向ければ、限られた原資でも待遇改善を実感してもらえる可能性があります。

ただし、「福利厚生なら何でも非課税」「給与より必ず得になる」というわけではありません。食事、住宅、通勤などにはそれぞれ税務上の要件があり、制度設計によっては給与として課税対象となる場合もあります。「第3の賃上げ」の本質は節税ではなく、限られた人件費を、従業員がより価値を感じる形に組み替えることにあります。

人手不足と離職防止の切り札になるのか

では、「第3の賃上げ」は採用や離職防止に効果を発揮するのでしょうか。

重要なのは、会社が用意した制度と従業員のニーズを一致させることです。豪華な保養施設があっても、ほとんど使われなければ待遇改善の実感は生まれません。それより、食費、家賃、育児、介護、通勤、医療など、毎日の生活に直結する支援のほうが効果を感じやすいでしょう。

中小企業は、大企業と福利厚生の「数」を競う必要はありません。若手社員が多ければ住宅や食事、子育て世代が多ければ育児支援、年齢層が高ければ健康支援など、自社の社員構成に合わせて重点分野を決めるほうが合理的です。

健康支援も人材戦略の一つになっています。調査では、オンライン診療サービスに関心を示した企業は74.5%に達しました。期待する効果では「不調による業務効率の低下防止」が59.9%、「通院負担の軽減」が50.8%でした。社員が早期に受診できれば、長期欠勤や生産性低下を防げる可能性があります。

福利厚生は単なる「従業員向けサービス」から、人的資本への投資へと位置づけが変わりつつあります。

採用でも同様です。給与水準が同程度なら、住宅、食事、育児、健康などの支援が充実した会社が選ばれる可能性があります。大企業との給与競争で不利になりやすい中小企業だからこそ、「この会社で働けば、どんな生活ができるのか」まで含めた待遇設計が差別化につながります。

賃上げの代わりにすると第3の賃上げは失敗する

ただし、「第3の賃上げ」を通常の賃上げの代用品にすると逆効果になる恐れがあります。社員が「賃上げの代わりに福利厚生を増やされた」と感じれば、不満が高まる可能性があるからです。また、住宅補助や育児支援のように、利用できる社員とできない社員が分かれる制度では公平感にも注意が必要です。

導入前には、従業員が何に負担を感じ、どんな支援を求めているのかを確認する必要があります。導入後も利用率や満足度だけでなく、離職率、欠勤率、採用応募数などがどう変化したかを検証しなければなりません。そして、業績や生産性が向上したときには、その成果を基本給や賞与で社員に還元することも引き続き重要です。

これからの中小企業経営に必要なのは、「賃上げするか、しないか」という二者択一ではありません。基本給、賞与、福利厚生、健康支援、働き方などを組み合わせ、限られた人件費で従業員の満足度と会社の持続可能性をどう両立させるかという発想です。

3年連続で5%台の賃上げが続き、「もう賃上げはできません」と感じる企業が増えています。しかし、人材への投資まで止めるわけにはいきません。「第3の賃上げ」は、賃上げの負担をなくす魔法の手段ではありません。

それでも、「給与をいくら上げるか」だけでなく、「限られた原資をどう使えば社員の生活改善につながるのか」を考えることは、人手不足時代の中小企業にとって重要な経営戦略になりそうです。

文=KIJIKUL編集部
※本記事は情報提供を目的として作成したものであり、特定の企業、商品、サービス、金融商品、投資その他の取引を推奨または勧誘するものではありません。掲載内容は記事公開時点の公開情報等に基づいており、意見・見解・予測などは執筆者または編集部の判断によるもので、予告なく変更される場合があります。内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、最終的な判断はご自身の責任において行ってください。【KIJIKUL編集部】

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