スタバ日本事業の売却は本当にあるか?好調な優良資産を手放す米本部の思惑

2026年6月9日、「スターバックスの米国本部が日本事業の売却を検討している」と米ブルームバーグ通信が報じ、市場に衝撃が広がりました。実現すれば4000億~5000億円規模とされる日本の外食業界でも屈指の大型M&Aとなる可能性があります。しかし、売却が検討されている理由は、日本事業の不振ではありません。むしろ、日本は世界でも屈指の成功事例であり、高収益を維持する優良資産です。

日本事業売却の背景にある米本部の構造改革

米ブルームバーグ通信は2026年6月9日、スターバックス本社が日本事業の売却を検討していると報じました。売却額は4000億~5000億円規模とされ、日本法人単独でのIPO(新規株式公開)も選択肢に入っているとされています。現時点では予備的な協議段階であり、売却が決定したわけではありません。しかし、この報道だけでも市場に大きなインパクトを与えました。

その理由は、日本事業が苦戦しているどころか、世界でも屈指の成功事例だからです。スターバックスは1995年にサザビーリーグとの合弁会社として日本法人を設立し、1996年8月に東京・銀座に、北米以外では世界初となる海外1号店をオープンしました。その後、日本市場に深く根付き、2026年3月末時点では2116店舗を展開する国内最大のカフェチェーンへ成長しています。

米本社は2014年に日本法人の完全子会社化を決定し、サザビーリーグの保有株式などを取得しました。日本法人は2015年に上場廃止となり、米本社の完全子会社となりました。当時は、日本市場の成長性をグループ全体の利益拡大に取り込む狙いがあったとみられています。それにもかかわらず、なぜ売却なのでしょうか。

答えは、日本ではなく米国本体の経営環境にあります。スターバックスの売上高の約7割を、米国を中心とする北米事業が占めています。しかし、近年は客数の減少や人件費上昇、原材料価格の高騰などから利益率が低下しています。さらに、海外最大市場である中国では、ラッキンコーヒーなど現地勢との競争が激化しました。

スターバックスは2025年11月、中国事業を博裕資本(ボーユー・キャピタル)との合弁事業に移行すると発表し、2026年4月に取引を完了しました。博裕資本側が中国事業の60%、スターバックスが40%を保有しています。店舗運営から一歩引き、ライセンスビジネスへ軸足を移す戦略に転換しています。つまり、日本売却報道は、日本市場の問題ではなく、「世界規模で資産効率を見直す経営改革」の延長線上にあると考えるべきでしょう。

なぜ日本事業は「世界屈指の優良資産」なのか

では、日本事業はなぜこれほど高く評価されているのでしょうか。

第一に、売上が安定して伸び続けていることです。2025年9月期のスターバックスコーヒージャパンの売上高は3401億円と5期連続で増収となりました。国内市場は人口減少が続いていますが、店舗数は2000店を突破し、インバウンド需要も追い風になっています。

第二に、直営店比率の高さです。世界全体ではライセンス店舗が相当数を占める一方、日本では約9割が直営店舗です。直営方式は店舗売上高を直接取り込める一方、人件費や賃料などの運営コストも自社で負担します。それでも、サービス品質やブランドイメージを統一しやすいため、日本では直営中心の運営体制が成功モデルとして定着しました。

第三に、「サードプレイス」というブランド価値が日本市場に浸透したことです。自宅でも職場でもない居心地の良い空間という考え方は、日本の都市生活と極めて相性が良かったといえます。Wi-Fiや電源を備えた店舗は、かつて「ノマドワーカー」の象徴にもなりました。

さらに日本独自の商品開発も世界へ広がっています。抹茶ラテやティバーナブランド、ご当地フラペチーノ、地域の景観に合わせたコンセプトストアなど、日本発の商品・店舗づくりは世界展開にも影響を与えています。隈研吾氏設計の太宰府天満宮表参道店や京都二寧坂ヤサカ茶屋店などは、観光客にも人気の店舗となっています。

そして、日本のスターバックス最大の強みは「人」です。スタッフを「パートナー」と呼び、一人ひとりが主体的に接客する文化を育ててきました。紙カップへの手書きメッセージや、お客様一人ひとりへの声掛けは、単なるマニュアル接客ではありません。日本市場で重視されるきめ細かな接客と、スターバックスのブランド思想が融合した結果といえるでしょう。

こうした「ブランド力」「店舗運営力」「商品開発力」「接客力」がそろっているため、日本は世界でも数少ない成功市場となっています。

利益率改善へ資産売却を進める米本部

一方で、本社の経営環境は厳しさを増しています。世界の店舗数と売上高は増えているものの、利益は減少傾向にあります。近年はEPS(1株当たり利益)が大きく低下し、市場は利益率改善を強く求めています。

中国では、約8000店あった直営店舗の運営を合弁会社へ移し、スターバックス本体はブランドをライセンス供与するモデルへ転換しました。

店舗を直接運営するよりも、ロイヤリティ収入を得るモデルへ転換した方が資本効率は高まります。日本についても同じ考え方が当てはまる可能性があります。日本事業を売却したとしても、ブランドライセンス契約を結べば、本社は継続的にロイヤリティ収入を得られます。

米本社の完全子会社となる前の日本法人は、米スターバックスとの契約に基づき、ブランド使用などの対価としてロイヤリティを支払っていました。2014年3月期のロイヤリティは約69億円でした。仮に再びその仕組みに戻れば、本社は店舗運営リスクを負わずに収益を確保できます。高収益事業を高値で売却し、財務体質を改善する――。グローバル企業として考えれば合理的な判断ともいえます。

買収候補は投資ファンドが最有力、IPOの可能性も

では、実際に売却される場合、誰が買い手になるのでしょうか。

コーヒーチェーン各社がすぐに思い浮かびます。ドトール・日レスホールディングス、コメダホールディングス、サンマルクホールディングス、伊藤園(タリーズ)、銀座ルノアールなどです。しかし、4000億~5000億円という規模を考えれば、現実的とは言えません。外食企業ではゼンショーホールディングスやコロワイドなどが候補に挙がるかもしれませんが、ここまで大型案件となれば財務負担は極めて大きくなります。

そこで最も有力視されるのが投資ファンドです。日本KFCはカーライル・グループの傘下入りを経て非上場化しました。すかいらーくホールディングスやFOOD&LIFE COMPANIES(スシロー)も、投資ファンドの支援を受けながら経営改革を進め、その後に再上場しています。スターバックスジャパンも同様のスキームを採る可能性があります。

まず投資ファンドが買収し、経営効率をさらに高めたうえで再上場する――。あるいは、最初からIPOという形を選択する可能性もあります。日本法人はかつて2001年に上場し、2015年に米本社の完全子会社化に伴って上場廃止となりました。市場での知名度は高く、安定した収益基盤もあります。

投資家からの人気も期待できることから、日本単独でのIPOは十分現実味があります。もちろん、現時点では売却もIPOも正式決定されたわけではありません。

しかし、中国事業の合弁化などを踏まえると、スターバックス本社が世界規模で事業ポートフォリオを見直していることは確かでしょう。日本市場は決して「売られる事業」ではなく、「高く売れる優良資産」です。だからこそ、今このタイミングで名前が挙がっているのです。

スターバックス日本事業の行方は、単なる外食企業のM&Aにとどまりません。グローバル企業が資産効率をどこまで重視するのか、日本市場が世界からどれほど高い評価を受けているのかを映し出す象徴的な案件として、今後も注目していく必要があるでしょう。

文=KIJIKUL編集部
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