なぜヒューリックが「鉄緑会」を買収!少子化でも教育にお金が集まる理由

不動産大手のヒューリックが、東大受験専門塾「鉄緑会」を買収しました。個別指導塾「TOMAS」などを展開するリソー教育グループに続く教育分野への大型投資です。少子化で子どもの数が減るなか、なぜ異業種企業は学習塾を買うのでしょうか。背景にあるのは、一人当たり教育費の拡大と、ブランド、顧客、立地を一体化した「こども教育経済圏」です。教育は今、学びを提供する事業から、企業が投資する「資産」へと変わり始めています。
なぜ不動産大手が東大受験塾を買収したのか
ヒューリックが2026年7月7日、東大受験指導専門塾「鉄緑会」を運営する東京教育研の全株式を取得すると発表しました。売り手はベネッセグループで、取得額は非公表です。不動産会社と東大受験塾。一見すると接点がないように見えますが、今回の買収は突然の異業種参入ではありません。
ヒューリックは2020年からこども教育事業に参入し、2024年には個別指導塾「TOMAS」や幼児教育「伸芽会」などを展開するリソー教育グループを連結子会社化しました。現在もリソー教育グループの進学学習指導事業は、ヒューリックの連結業績に組み込まれています。
背景にあるのが、不動産を基盤にM&Aで成長事業を取り込む戦略です。ビルを所有して賃料を得るだけでなく、そこに入る事業まで取り込む「不動産の商社化」を進めています。教育はこの戦略と相性がいい分野です。塾や幼児教室、学童は駅前や住宅地など利便性の高い場所を必要とします。ヒューリックは東京23区の駅近を中心に多数の賃貸物件を持っています。
教育会社を傘下に入れれば、教育事業そのものの利益に加え、自社物件への入居、教育施設による集客力向上など複数の効果を期待できます。つまり、不動産会社が塾を買ったというより、「教育」という強力なコンテンツを不動産の上に載せようとしていると考えたほうが実態に近いでしょう。
東大合格者の約2割、「鉄緑会」は何が特別なのか
鉄緑会は1983年に始まった、中高一貫校生を中心とする最難関大学受験専門塾です。東京・代々木のほか、大阪、京都、兵庫にも展開しています。最大の特徴は東大合格実績です。2026年度実績では東大合格者584人で、東大全体の約2割。最難関の理科三類でも多数の合格者を送り出しています。
鉄緑会の競争力は、合格者数だけではありません。東京では開成、桜蔭、筑波大学附属駒場、麻布などの難関中高一貫校を対象とする指定校制度があります。一定の指定校生は中学入学時に無試験で入会でき、それ以外の生徒には入会試験があります。
優秀な生徒が集まり、独自のカリキュラムで学び、東大に合格する。その卒業生が講師として後輩を教える。この循環が鉄緑会ブランドを支えています。
一般企業に置き換えれば、これは強力な「参入障壁」です。過去の合格実績が次の優秀な生徒を集め、その生徒がさらに新しい実績を作る。ブランド、顧客基盤、人材供給の仕組みが一体化しています。
ヒューリックが欲しかったのは教室数ではなく、長い年月をかけなければ作れない「鉄緑会」という無形資産だったと考えられます。
少子化なのに加速する「こども教育経済圏」
問題は、日本では子どもの数が減っていることです。普通に考えれば、学習塾は人口減少の影響を受ける縮小産業です。それでも教育事業へのM&Aは続いています。
TBSホールディングスは2023年、「スクールIE」などを展開するやる気スイッチグループホールディングスの株式約80%を約290億円で取得しました。ヤマノホールディングスも「スクールIE」のフランチャイズ事業者を相次いで買収。IT企業によるオンライン学習塾の買収も進んでいます。
なぜ少子化市場に資金が流れ込むのでしょうか。理由は、「子どもの数」と「教育市場の価値」は同じようには減らないからです。
共働き世帯の増加などを背景に、幼児教育、学童、英語、スポーツ、受験対策など、一人の子どもが利用するサービスは多様化しています。子どもの数が減っても、一人当たり教育支出が増えれば、高付加価値の教育市場は成長余地を持ちます。
象徴的なのがヒューリックの「こどもでぱーと」です。塾、学童、習い事など子育て関連サービスを一つの施設に集め、拠点拡大を進めています。幼児教育から小学校受験、中学・高校受験、大学受験までをグループ内でカバーできれば、顧客との関係は長期化します。
伸芽会、TOMAS、そして最難関層には鉄緑会。ヒューリックが描いているのは、教育段階を横断して家族との関係を築く「こども教育経済圏」といえるでしょう。本業の不動産で稼いだ資金を、新たな収益源となる教育事業に投じる。その延長線上に鉄緑会買収があります。
教育事業は「金融商品」になったのか
では、今回の買収を「教育の金融商品化」と呼んでよいのでしょうか。もちろん、教育そのものが株や債券になったわけではありません。
しかし企業の視点では、教育会社の価値が教育内容だけでなく、将来生み出す利益、ブランド、顧客基盤、人材ネットワーク、不動産との相乗効果などによって評価される時代になっています。
鉄緑会は、その象徴です。校舎数が多くなくても、東大受験で圧倒的なブランド力を持ち、優秀な生徒が自然に集まる。企業から見れば、簡単にはコピーできない価値ある「資産」です。
一方で、教育を投資効率だけで評価することにはリスクもあります。合格者数、客単価、教室数、利益率を追いすぎれば、本来の教育品質との緊張関係が生まれます。とりわけ鉄緑会にとって重要なのは「希少性」です。誰でも入れる塾ではなく、拠点も限られ、学力の高い生徒が集まっているからブランドが成立しています。
短期間で教室数や生徒数を増やせば売上は伸びますが、選抜性や教育品質が薄まり、逆にブランドを壊す可能性があります。だからこそ、鉄緑会買収の成否を決めるのは、希少性を守りながら事業価値を高められるかです。
少子化だから教育市場がなくなるわけではありません。むしろ子どもの数が減るほど、「誰に、どれだけ高い価値を提供できるか」を競う市場に変わります。不動産、テレビ、IT、投資ファンドなど異業種の資金が教育へ流れ込むのは、その変化の表れです。
教育が金融商品そのものになったわけではありません。しかし、教育ブランドが「買収し、育て、企業価値を高める投資資産」として扱われる時代に入ったことは、鉄緑会買収が示す大きな変化ではないでしょうか。
文=KIJIKUL編集部
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