【支持率急落】高市首相の「寝ていない」と「働いて×7」は何が違ったのか?

高市早苗首相がXに投稿した「総理就任以来、0時間~3時間睡眠が常態化」という内容が、大きな批判を招きました。本人は激務を伝えるつもりだったのでしょうが、多くの国民は「努力」ではなく「マネジメント能力の欠如」と受け止めました。一方、自民党総裁選直後に話題となった「働いて×7」という発言は、同じ「働く姿勢」を示した言葉でありながら、当時は現在ほど強い反発を受けませんでした。なぜ評価はここまで分かれたのでしょうか。

「働いて×7」は覚悟、「寝ていない」は苦労話

高市早苗首相の支持率急落のきっかけとして、多くの人が挙げているのがXへの投稿でした。

そこには「総理就任以来、0時間〜3時間睡眠が常態化」「大量の資料を読み続けた」「ハンカチやインナーにアイロンをかけ、ボタン付けをした」といった私生活まで含めた詳細な記述が並んでいました。本人としては、「これだけ国政に全力を尽くしている」という誠実さを伝えたかったのでしょう。

しかし、世論の反応は正反対でした。SNSには「寝ていないことを自慢するのは違う」「首相がそんな働き方をしていること自体が問題」「仕事を回せていない証拠ではないか」といった批判が相次ぎました。

これまで高市首相は、総裁選直後に「働いて×7」という言葉でも話題になりました。こちらも「休みなく働く」という趣旨の発言でしたが、受け止められ方は今回とは大きく異なります。

理由は、その時期が政権発足直後だったからです。新政権には期待があり、「まずは頑張ってほしい」という空気がありました。多少の気合いや決意表明は、リーダーとしての覚悟と受け止められたのです。

しかし、政権発足から時間が経過した現在は違います。国民が求めているのは「どれだけ働いたか」ではありません。物価高対策、実質賃金、安全保障、税制改革など、目の前の課題をどう解決するかです。

つまり、「働いて×7」はスタートラインでの決意表明でしたが、「寝ていない」は成果が問われる段階での苦労話になってしまいました。この違いが、支持率急落の要因の一つといえるでしょう。

睡眠不足は努力の証明か、マネジメント不足か

かつて日本では、「寝ないで働く」ことは美徳とされました。高度経済成長期には、長時間労働は責任感や努力の象徴でした。

しかし、その価値観は大きく変化しています。現在の企業経営で評価されるのは、「どれだけ働いたか」ではなく、「限られた時間で成果を出したか」です。

経営者であれば、例えば
「寝る時間がない」
「毎日深夜まで仕事」
「休日も仕事」
という状態が続けば、多くの株主や社員はこう考えるでしょう。

「仕事を任せられていないのではないか」
「組織として機能していないのではないか」
「意思決定の仕組みに問題があるのではないか」

つまり、睡眠不足そのものではなく、「なぜそうなっているのか」が問われる時代なのです。

首相という立場も同じです。国家のトップには重要な判断が求められます。睡眠不足が常態化していることは、集中力や判断力の低下につながる可能性があります。航空機のパイロットや医師に十分な休息が求められるように、国家の最高責任者にも冷静な判断力が不可欠です。

さらに今回の投稿では、「アイロンがけ」「ボタン付け」「インナーの準備」など、外部に委ねることも可能な作業まで詳細に書かれていました。もちろん家事そのものは悪いことではありません。

しかし、国家の最高責任者という立場では、「その時間を政策立案や外交に使うべきではないか」という見方も生まれます。実際、高市首相自身はベビーシッターや家事支援サービスの活用を推進しています。だからこそ、「自らは家事に追われ睡眠不足になる」という発信との間に、一貫性を感じられなかった人も少なくありませんでした。

努力を伝えようとした投稿が、「効率的に仕事を進められていない」という印象を与えてしまったのです。

雪印社長の「私は寝てない」が残した教訓

「私は寝ていない」という言葉から、多くの人が思い起こす出来事があります。2000年の雪印乳業食中毒事件です。

当時、石川哲郎社長は記者会見後、会見の継続を求める報道陣に対し、「私は寝てないんだ」と発言しました。すると記者から、「こっちだって寝ていないですよ」と返され、その映像は何度も放送されました。

この一言は、企業の危機対応を象徴する場面として今でも語り継がれています。問題だったのは、「寝ていない」という事実ではありません。被害者が苦しんでいる状況で、自分の苦労を優先して語ったことでした。つまり、「成果より苦労」を前面に出したことが批判を招いたのです。

高市首相のケースも構図は似ています。国民が直面しているのは、
・物価高
・実質賃金の低迷
・住宅ローン金利の上昇
・社会保障負担の増加
といった生活そのものの問題です。

その状況で、「私は0~3時間睡眠です」と発信すれば、「国民も苦しい」「苦労話ではなく解決策を示してほしい」という反応になるのは自然でしょう。

もちろん、高市首相と雪印事件は性質が異なります。一方は、企業不祥事への対応であり、もう一方は、政権運営です。同列に論じることはできません。
しかし、「リーダーが自らの苦労を語ることで、受け手の共感ではなく反発を招いた」というコミュニケーション上の構図には共通点があります。

リーダーは、自分がどれほど苦労したかではなく、その苦労によって何を実現したのかが問われる立場なのです。

リーダーに求められるのは苦労ではなく成果

今回の「寝ていない」投稿は、単なるSNS炎上ではありません。現代社会において、リーダーに求められる資質が大きく変化したことを象徴する出来事といえるでしょう。

昭和型のリーダー像では、「寝ずに働く」「休日返上で努力する」ことが尊敬の対象でした。しかし、AIの活用やDXが進み、生産性や効率が重視される時代には、その価値観は通用しにくくなっています。

国民や社員が期待するのは、「誰よりも働く人」ではありません。限られた時間と資源を適切に配分し、組織を動かし、成果を生み出す人です。

「働いて×7」は、政権発足時の覚悟として受け止められました。一方、「寝ていない」は、成果が問われる段階で発せられたため、「努力の証明」ではなく、「マネジメントの問題」と受け止められました。

リーダーにとって本当に重要なのは、「どれだけ苦労したか」ではなく、「どれだけ社会を前に進めたか」です。今回の反応は、その価値観の変化を政治の世界にも突き付けた出来事だったのではないでしょうか。

文=KIJIKUL編集部
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