損保ジャパンが「転勤を選択制」へ!「会社都合の転勤」はもう限界なのか?

「全国転勤できますか?」――。かつて大企業の総合職なら当たり前だった問いが、採用の足かせになり始めています。損害保険ジャパンは、社員が転居を伴う転勤に「同意するか、しないか」を毎年選べる制度を導入しました。2027年卒の内定者では約4割が転居を伴う転勤を希望していません。一方、全国に拠点を持つ企業にとって、人材を地域だけで確保するのは簡単ではありません。「会社が人を動かす」転勤制度は限界を迎えたのでしょうか。
損保ジャパンが「転勤の可否」を毎年選べる制度へ
日本企業、とりわけ全国に支店や営業所を持つ大企業では、「転勤」は長年、人事制度の一部として定着してきました。総合職として入社すれば、東京から大阪、北海道から九州へと会社の辞令一つで勤務地が変わることも珍しくありませんでした。その常識を大きく変えようとしているのが損害保険ジャパンです。
同社はこれまで、入社時に勤務地について「限定なし」「ブロック限定」「地域限定」の3つのフィールド区分を設けていました。問題は、いったん選ぶと結婚や介護などの事情がない限り、原則として変更できなかったことです。
そこで新制度では、転居を伴う転勤について社員が毎年「同意・非同意」を申告します。全国転勤を選んで入社しても、結婚や出産、育児、介護などライフステージが変われば、後から「転勤しない」を選択できます。当初は転勤を希望していなかった社員が、キャリア形成のため「転勤可能」に変更することもできます。
重要なのは、単純な「転勤廃止」ではないことです。転勤に同意する社員には相応の待遇を用意します。転勤関連の既存手当を見直したうえで、月5万~10万円の「転勤手当」を新設し、転居時には20万円の「転勤一時金」を支給します。転勤に同意していて実際には転居を伴う異動がなかった社員にも「転勤同意手当」を設けています。
つまり、「転勤は社員なら当然の義務」から、「転勤できること自体に対価を払う」制度への転換ともいえます。損保ジャパン人事部長は、従来のような会社都合による一方的な転勤について「会社と社員の関係性として限界を迎えている」と説明しています。人手不足が深刻になるなか、企業が一方的に人材を選ぶ時代から、人材からも選ばれる時代へ――。転勤制度の見直しは、その象徴といえそうです。
転職希望者の約7割が「転勤がある会社で働きたくない」
では、働く側は転勤をどのように考えているのでしょうか。マイナビの「転勤と転職に関する調査レポート2026年」では、今後3カ月以内に転職活動を予定する20~50代の正社員のうち、「転勤がある会社で働きたくない」「どちらかと言えば働きたくない」の合計は68.8%でした。女性では84.0%、20代では76.0%に達しています。
なぜ転勤を嫌うのでしょうか。最も多い理由は「転居にお金がかかる」の47.9%。次いで「転居作業が面倒」46.7%、「家族と離れたくない」37.0%でした。20代では「転居にお金がかかる」が57.9%に達します。かつて転勤は、昇進やキャリア形成とセットで考えられてきました。しかし、共働き世帯が増えれば、夫または妻の転勤は配偶者のキャリアにも影響します。子どもの学校、親の介護、住宅購入など、働く場所を簡単には変えられない事情もあります。
労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査でも、転勤免除への配慮を求めた事情には「親等の介護」28.2%、「子の就学・受験」19.3%、「出産・育児」16.9%などが挙がっています。
もっとも、このJILPT調査は2016年実施の調査であり、現在の意識をそのまま表す数字ではありません。調査では「転勤」を転居を伴う異動と定義しており、ここで紹介した転勤免除の理由は、現在の会社で転勤免除への配慮を求めたことがある人を対象にした集計です。それでも、育児や介護、共働きと転勤との衝突が以前から存在していたことは確認できます。
転勤はもはや単なる「勤務地の変更」ではありません。企業が社員本人だけでなく、その家族の生活まで動かす制度になっていることが、転勤離れの背景にあるのです。
地域採用だけで人材を確保できるのか
しかし、企業側にも事情があります。損保ジャパンのように全国47都道府県に拠点を持つ会社が「明日から転勤をなくします」と宣言すれば、それで問題が解決するわけではありません。東京では人が余っているが地方では足りない、ある地域の支店長が退職した、特定地域で事業を強化したい――。こうした場合、転勤は人員配置を調整する有効な手段です。
実際、マイナビの2026年調査では、転勤制度を設けている企業がその目的として最も多く挙げたのは「人員調整(欠員補充・注力ポジションの拡充など)」で48.7%でした。
では、「必要な人材はその地域で採用する」という方法に切り替えればいいのでしょうか。損保ジャパンも、その方向へ動き始めています。地方に「採用アンバサダー」と呼ばれる社員を配置し、各地の社員が地元大学などとの関係を築き、その地域で働きたい人を現地で採用する取り組みを強化しています。
これは合理的です。北海道で働く人を東京で採用して北海道へ転勤させるより、最初から北海道で働きたい人を採用したほうが、本人にも企業にも負担は小さくなります。ただし、すべてを地域採用に切り替えるのも難しいでしょう。人口減少が進む地域では、そもそも採用対象となる若年人口が少なくなっています。専門人材や管理職が必要になったとき、地域内だけでは確保できない場合もあります。
そのため必要なのは、「転勤か、転勤廃止か」という二者択一ではありません。地域採用、勤務地限定社員、リモートワーク、出張、本人が希望する転勤などを組み合わせることです。JILPTの調査でも、国内転勤を減らす施策として「現地採用社員の増加」「勤務地限定正社員」「IT技術の活用」などについて企業の取り組み状況を調べています。
「会社が決める転勤」から「社員が選ぶ転勤」へ
ここで興味深いのは、働く人が転勤を全面的に拒否しているわけではないことです。損保ジャパンの2027年卒内定者約460人では、約4割が「全国どこでも転勤可能」、約2割がエリアを限定した「ブロック勤務」を選択しました。転居を伴う転勤を望まない人が約4割いる一方、約6割は何らかの転勤を許容しているのです。
さらに、マイナビ調査で転勤がある会社で働きたくないと回答した人でも、「基本給が上がる」なら47.4%、「毎月の手当が充実している」なら44.7%が転勤を受け入れてもよいとしています。
問題は「転勤そのもの」より、会社から一方的に命じられ、断りにくい転勤なのかもしれません。転勤には、社員に異なる地域や職務を経験させ、人材を育成する側面もあります。地域を越えて人を配置できることは、全国展開する企業の競争力にもつながります。それをすべてなくす必要はないでしょう。
しかし、人手不足が深刻化すれば、「全国転勤できる人しか採らない」という企業のほうが採用市場で不利になる可能性があります。実際、転職希望者の77.3%が就業先を決める際に転勤の有無を考慮し、20代では82.0%に達しています。
これから企業に求められるのは、転勤をなくすことではなく、「なぜ転勤が必要なのか」を社員に説明し、本人に選択肢を与え、その負担に見合った処遇をすることではないでしょうか。損保ジャパンの制度変更は、「会社が人を動かす」ことを前提にした日本型雇用から、「人が働く場所を選び、会社がそれに合わせて人員配置を考える」仕組みへの転換です。
人材を確保するために給与を上げる。休日を増やす。柔軟な働き方を認める。それと同じように、これからは「転勤するかどうかを自分で選べる」こと自体が、企業の採用競争力を左右する条件になっていきそうです。
文=KIJIKUL編集部
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