戒田理夫・ニデック新社長はどんな人?70歳の技術者が挑む「有事」の経営再建

会計不正、品質不正、6321億円の巨額減損、そして監査法人による「意見不表明」――。創業以来ともいえる危機に直面するニデックで、岸田光哉社長が突然辞任し、後任に70歳の戒田理夫氏が就任しました。10月1日の就任後初会見で戒田氏は「50年の職業人生で最後の奉公」と決意を表明。「品質第一」への原点回帰と、車載・家電事業の「聖域なき構造改革」を打ち出しました。47年間に及ぶキャリアを持つ技術系経営者は、ニデックを再生できるのでしょうか。
「有事」のニデックで岸田社長が突然辞任
ニデックが再び大きく動きました。2026年9月29日、ニデックは岸田光哉社長が同日付で辞任し、専務執行役員兼最高技術責任者(CTO)の戒田理夫氏が社長執行役員兼CEOに就任すると発表しました。戒田氏はCTOも兼務します。岸田氏はソニー出身で、2022年にニデックに入社。2024年に社長となり、不正会計問題の発覚後は、その対応や経営改革にあたっていました。それだけに、再建途上での辞任は異例です。
会社側によれば、2026年3月期決算や過年度決算の訂正を進める過程で、旧執行体制下の役職員の行為を再評価した結果、岸田氏について「財務報告に関し必ずしも適切とは言いかねる言動」が確認されたとしています。
その翌30日に発表された2026年3月期決算は、ニデックが置かれた状況の深刻さを浮き彫りにしました。売上高は前期比3.9%増の2兆7087億円でしたが、非金融資産などの減損損失を6321億円計上しました。営業損益は5189億円の赤字、最終損益は5646億円の赤字となりました。しかも、PwC Japan有限責任監査法人は有価証券報告書について、十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったなどとして「意見不表明」としました。
つまり、戒田氏が引き継いだのは、単に業績が悪化した会社ではありません。決算の信頼性、内部統制、企業文化、品質、そして事業収益力を同時に立て直さなければならない会社なのです。10月1日、京都市の本社で開かれた就任後初の記者会見で、戒田氏自身も現在のニデックを「有事」の状態と位置付けました。
70歳でなぜ社長を引き受けたのでしょうか。戒田氏は、自分が有事対応のできる数人のうちの一人だったとしたうえで、「50年の職業人生で最後の奉公、貢献として引き受けた」と説明しました。平時の成長を託された社長ではなく、危機処理のために登板した「有事の社長」というわけです。
47年間グループを歩んだ「技術系プロパー」
では、戒田理夫氏とはどのような人物なのでしょうか。1956年9月15日生まれの70歳。愛媛県出身で、1979年に関西大学工学部電子工学科を卒業しました。同年、リードエレクトロニクスに入社します。同社は後の日本電産リード、現在のニデックアドバンステクノロジーです。
1993年に取締役、1996年に常務、2001年に専務となり、2003年には代表取締役社長に就任。2018年から代表取締役会長を務め、2024年4月にニデック本体の専務執行役員兼CTOに就きました。約47年間、同じ事業会社を起点にキャリアを重ね、1997年のニデックグループ入り以降は約30年にわたってグループの経営に携わってきた人物です。
注目したいのは、単なる「技術者」ではない点でしょう。グループ会社で長年トップを務め、台湾、中国、韓国、タイなど海外関係会社の経営にも携わってきました。技術を理解しながら事業会社も経営してきた。この経歴が、「有事の社長」として選ばれた理由の一つと考えられます。
戒田氏は10月1日の会見で、ニデック再建について「企業としての原点に立ち戻る」という考えを強調しました。適正な決算ができる会社に戻し、本来持っている「モノづくり」「人づくり」、そして「品質を第一にした会社」に戻すというのです。
特に印象的なのが、「技術はうそはつかない」という言葉です。会計数字を恣意的に動かすことはできても、長年蓄積してきた技術力そのものは一朝一夕ではつくれません。「この技術がないと世界が困る」という会社を目指すとしています。
一方、「生え抜き」であることは諸刃の剣でもあります。今回問われているのは、一部の会計処理だけではなく、長年続いた企業文化そのものだからです。会社の技術、人材、事業を知り尽くした人物だからこそ改革できるのか。それとも、過去との距離を十分に取れないのか。戒田体制を見る重要なポイントになります。
「品質第一」へ原点回帰、車載・家電は聖域なき改革
10月1日の会見でもう一つ明確になったのが、戒田氏がガバナンス改革だけでなく、事業構造そのものにメスを入れようとしていることです。6321億円もの減損が発生した背景について、戒田氏は内部と外部の両面から説明しました。内部要因として戒田氏が挙げたのが、モーター事業を全方位で拡大する一方、短期業績を重視してきた管理手法です。
外部ではEV市場の成長鈍化や車載事業の価格競争激化、コロナ禍後の家電需要減少などが重なりました。過剰な設備や資産を抱えた結果、それまでの成長前提を大幅に見直さざるを得なくなったのです。そこで戒田氏が打ち出したのが「聖域なき構造改革」です。
ニデックはこれまで、家電、エネルギー・インフラ、AI・半導体、工作機械、車載を5つの事業の柱としてきました。しかし今後は、減損の大きかった車載や家電を中心に構造改革を進め、エネルギー・インフラ、AI・半導体、工作機械など成長分野へ経営資源を移す方針です。
もっとも、車載事業そのものから撤退するわけではありません。車載はグループ売上高の約4分の1を占める巨大事業であり、戒田氏も「技術が失われたわけではない」と強調しています。モーター技術をeVTOLなど航空宇宙分野へ展開することも視野に入れ、3~5年程度をかけて事業ポートフォリオを組み替えていく考えです。
その象徴ともいえる動きが、10月1日に発表したニデック・コンポーネンツの売却でしょう。ニデックは同社の全株式を米投資ファンドのカーライル・グループが関与する買収主体に1029億8000万円で売却します。
これまでニデックの成長を支えてきたのはM&Aによる事業拡大でした。しかし、今後は何でも抱え込むのではなく、ROIC(投下資本利益率)など資本効率も重視しながら「何を残し、何を手放すのか」を選別する経営へ移ろうとしています。戒田氏が本当に「聖域なき改革」を実行できるのか。その試金石になりそうです。
「最後の奉公」でニデックの信用を取り戻せるか
もっとも、事業再編以上に難しいのが「信用」の再建です。ニデックでは会計不正に加え、品質をめぐる不適切行為も相次いで明らかになりました。監査法人の「意見不表明」も続いています。PwC Japanは、会計監査人に虚偽の説明をした役職員の一部が、現在も財務報告プロセスで責任ある立場を担っていることなどを問題視しています。
10月1日の会見にはPwC Japanの幹部も出席しました。戒田氏は、期限を意識しながら監査意見を得られるよう取り組む考えを示しています。社長を交代するだけでは再建になりません。不正の温床となった組織や人事にどこまで踏み込み、現場から悪い情報も正確に上がってくる仕組みを構築できるか。過度な「目標必達」を優先する文化から、数字の正確性や品質を優先する文化へ転換できるかが問われます。
ここで興味深いのが、戒田氏の創業者・永守重信氏に対するスタンスです。戒田氏は1997年に永守氏と出会い、当時40人程度だった会社に大きな夢を与えてもらったとして、会見で感謝を口にしました。一方、第三者委員会は、不適切会計の背景として短期的利益を優先する企業風土や、利益目標達成への強いプレッシャーなどを指摘しています。
戒田氏は、事業にプレッシャーがあること自体は一般的だとしたうえで、その受け止め方は事業体によって異なり、企業風土やプレッシャーだけで簡単に説明できる問題ではないとの認識も示しました。ここには、ニデック再生の難しさが凝縮されています。
永守氏が築いた「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」という強い経営姿勢は、ニデックを世界的なモーターメーカーへ成長させた原動力でもありました。一方で、成長を急ぐ経営が行き過ぎれば、無理な目標達成や不正を誘発するリスクがあります。
6321億円の減損によって、過去の投資やM&Aの負の部分を表面化させる作業は大きく進みました。しかし、監査法人がなお「意見不表明」としている以上、「膿を出した」ことと「会社が治った」ことはまったく別です。
47年間にわたり同じ事業を歩んできた戒田氏は、会社を知り尽くしているからこそ改革できるのか。それとも、自らが長く身を置いてきた組織の成功体験が改革の壁になるのか。「50年の職業人生で最後の奉公」と語った70歳の技術者に託されたのは、単なる業績回復ではありません。
M&Aによる拡大を続けてきたニデックを「量」から「質」へ転換し、もう一度「技術と品質で信頼される会社」に戻せるか――。戒田ニデックの本当の再建は、ここから始まります。
文=夏樹真生(経済ジャーナリスト)
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