最低賃金「過去2番目」の56円増!地方企業を襲う賃上げ競争の限界

最低賃金の2026年度改定額が47都道府県で出そろいました。全国加重平均は1177円と、前年から56円上昇。過去最大だった前年の66円増から上げ幅は鈍化したものの、33府県が国の目安を上回りました。最大は佐賀県の65円増です。都市部との賃金格差を縮め、人材流出を防ぐ狙いがある一方、地方ほど中小企業の収益力は弱い傾向があります。「地方の賃金を上げる」という政策は、企業経営と両立できるのでしょうか。

33府県が国の目安超え!最低賃金1177円へ

2026年度の最低賃金が出そろいました。厚生労働省によると、47都道府県の改定後の全国加重平均は時給1177円。現在の1121円から56円、率にすると約5.0%の引き上げです。引き上げ額は54~65円となり、全国平均の56円増は、1978年度に現在の目安制度が始まって以降、過去2番目の大きさです。ただし、前年とは少し様相が変わっています。

2025年度は全国平均で66円という過去最大の引き上げとなりました。2026年度は10円縮小しています。国の中央最低賃金審議会が示した目安は、東京、大阪などAランクが54円、その他のB、Cランクが56円でした。これに対し、地方の審議会で目安を上回る答申が相次ぎ、最終的には33府県が目安を超えました。それでも前年の39道府県からは減少しています。

背景には、最低賃金を巡る都道府県間の「競争」への警戒があります。厚生労働省は2026年度の審議に先立ち、前年について「近隣県等との過度な競争意識」や「最下位を回避したいといった意識」によって、地域の実態と乖離した引き上げが行われることへの課題を指摘していました。

つまり、今年は最低賃金の上昇そのものが止まったわけではありません。過熱していた地方の「上乗せ競争」に、一定のブレーキがかかったと見るほうが実態に近いでしょう。それでも56円増です。

時給1100円の従業員を1日8時間、月20日雇うとすれば、56円の上昇だけで単純計算して1人当たり月8960円、年間では10万円を超える人件費増になります。パート・アルバイトを数十人雇用する小売、外食、宿泊、介護などにとって、決して小さな負担ではありません。

最大65円増は佐賀県!全国に広がる「徳島方式」

今回、最も大きな引き上げとなったのは佐賀県です。現在の1030円から65円引き上げて1095円となります。国の目安56円に対して9円上乗せしました。続く鹿児島県は64円増の1090円、高知県と沖縄県は63円増、茨城県と宮崎県は62円増です。

特徴的なのは、大幅な上乗せが東京や大阪ではなく、最低賃金が比較的低かった地方で目立つことです。そこには明確な理由があります。若者や働き手が、より高い賃金を求めて都市部や隣県へ流出するのを防ぐためです。

この流れを象徴したのが徳島県でした。2024年度、徳島県は国の目安50円に34円を上乗せし、最低賃金を一気に84円引き上げました。980円へ9.4%もの引き上げとなり、「徳島ショック」とも呼ばれました。その後も2025年度には66円、2026年度には57円引き上げる答申となり、1103円まで上昇します。

徳島県が大幅引き上げに動いた背景には、関西圏との賃金格差があります。淡路島を経由して兵庫県と陸路でつながる徳島では、賃金差が大きければ県外へ人材が流れやすくなります。実際、2024年度の大幅引き上げによって兵庫県との最低賃金差は縮まりました。

こうした「地方が国の目安を大幅に上回って最低賃金を引き上げ、都市部との格差を縮める」手法が、いわば「徳島方式」として各地に波及しているとも考えられます。

全国で最も高い東京は今回1280円、最も低い宮崎県は1085円です。その差は195円ありますが、最低額は着実に追いついています。最高額に対する最低額の比率は前年の83.4%から84.8%へ上昇し、12年連続で地域格差が縮小しました。

地方に住む労働者から見れば歓迎すべき動きです。賃金が上がれば所得が増え、消費拡大につながる可能性があります。地方企業にとっても、賃金差を理由に都市部へ人材を奪われるリスクを小さくできます。徳島でも2024年の大幅引き上げ後、短期間で企業倒産や失業が急増したという状況にはなっていません。

だからといって、「最低賃金は大幅に上げても問題ない」と結論づけるのも早計です。最低賃金だけで倒産する企業は少なくても、原材料費、電気代、物流費、金利などが同時に上昇するなか、人件費まで毎年5~6%上昇すれば、企業収益は確実に圧迫されます。

「全国平均1500円」は事実上先送りでも賃上げは続く

最低賃金を巡って大きく変わったのが、政府の「1500円目標」です。石破政権では、2020年代に全国平均1,500円という目標が掲げられていました。

しかし、2026年の「骨太の方針」では、「遅くとも2030年代前半のできる限り早期に全国平均1500円を達成する」という表現に変わりました。2020年代という期限を外したため、事実上の目標先送りといえます。今回の全国平均1,177円から1500円までは、あと323円あります。

仮に毎年56円ずつ引き上げても、単純計算で6年近くかかります。しかも、最低賃金が高くなるほど、同じ5%の引き上げでも必要な金額は大きくなります。政府が期限を緩めたのは、急激な引き上げを続けることの副作用を無視できなくなったからでしょう。

問題は、地方の企業にその原資があるのかです。最低賃金は「お願い」ではありません。企業業績が良くても悪くても、原則として支払わなければならない法的な最低ラインです。売上が増えなくても賃金は上がります。

そのため企業は、価格を上げるか、生産性を高めるか、利益を削るか、人員や営業時間を減らすか、といった対応を迫られます。1500円という目標で本当に重要なのは、いつ達成するかだけではなく、企業が1,500円を払っても利益を出せる経済をつくれるかなのです。

春闘は中小企業、最低賃金は地方企業を追い込むのか

現在の賃上げには、もう一つの問題があります。春闘では大企業を中心に高い賃上げが続き、その流れを中小企業へ波及させることが求められています。2026年春闘でも連合は7月に最終集計を公表するなど、賃上げの定着が大きなテーマとなりました。

一方、最低賃金では、都市部との格差是正を理由に地方で大幅な上乗せが行われています。つまり、春闘では中小企業が大企業の賃上げを追いかけ、最低賃金では地方企業が都市部の賃金を追いかける構図になっています。

問題は、その「追いつくための原資」です。東京の大企業と地方の中小企業では、生産性も価格決定力も大きく異なります。特に、地方では人口減少で市場そのものが縮小している地域もあります。地域の消費者を相手にする飲食店や小売店が、人件費が5%上がったからといって、商品価格をそのまま5%上げられるとは限りません。

最低賃金の地域格差を縮めることには意味があります。地方の賃金がいつまでも低ければ、人材流出が進み、地域経済はさらに縮小しかねません。しかし、賃金だけを先に都市部へ近づければよいわけでもありません。

必要なのは価格転嫁、生産性向上、省力化投資、事業承継や再編などを同時に進め、地方企業そのものの「稼ぐ力」を高めることです。最低賃金の引き上げは、企業に生産性向上を促す圧力にもなります。人手不足のなか、高い賃金を払える企業へ労働力が移ることで、産業構造の転換が進む可能性もあります。

一方、そのスピードが企業の変革能力を上回れば、営業時間短縮や採用抑制、廃業といった形でしわ寄せが出る恐れがあります。2026年度は「過去最大」こそ更新しませんでした。しかし、過去2番目の56円増を、地方企業は再び受け入れなければなりません。

問われているのは、「最低賃金をいくらにするか」だけではありません。地方企業が賃金を上げても経営を続けられる環境をつくれるのか。1500円への期限を延ばした今こそ、引き上げ額を競う「賃上げ競争」から、企業の稼ぐ力まで含めた政策へ転換できるかが問われています。

文=KIJIKUL編集部
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