トレンドマイクロ株が急落!「SaaSの死」でセキュリティ市場に異変か?

トレンドマイクロの株価が急落しました。8月13日の決算発表後、6,000円台後半から一時5,000円台前半まで下落。しかし、その後は再び6,000円台まで戻しています。背景にあるのは、単なる業績悪化ではありません。AIによってサイバー攻撃が高度化する一方、防御側でもAI利用コストが膨らんでいます。さらに同社は単体SaaSから統合プラットフォームへ軸足を移しています。

トレンドマイクロ株に何が起きた?

サイバーセキュリティ大手、トレンドマイクロの株価が2026年8月に大きく揺れました。

8月13日の終値は6851円でしたが、2026年12月期第2四半期決算を発表すると、翌14日はストップ安となり5851円まで下落。17日には終値5352円となり、2営業日で約22%下がりました。ところが、その後は反発し、8月28日の終値は6050円まで戻しています。

決算を見ると、単純な「業績悪化」とは言い切れません。2026年上期の売上高は前年同期比11.0%増の1486億円、経常利益は15.6%増、中間純利益も6.2%増えました。一方、営業利益は23.5%減の218億円でした。

さらに会社は通期の売上高予想を3015億円で据え置きながら、営業利益を564億円から444億円へ21.3%引き下げました。ポイントは、売上高予想は維持したまま、コストが想定以上に増えていることです。

円安による人件費増加に加え、製品・サービスの機能拡充、AIトークンを含むクラウド関連費用などが膨らみ、上期の売上原価と販管費の合計は20.3%増えました。つまり、市場が警戒したのは「セキュリティが売れない」ことではありません。売上を伸ばしながら、AI時代に増えるコストを利益に変えられるのかという問題なのです。

企業全体を守るセキュリティ基盤への転換

トレンドマイクロと聞けば、「ウイルスバスター」を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、現在は個人向けウイルス対策ソフトだけの会社ではありません。

2026年上期の法人向け売上高は前年同期比11.9%増の1194億円、個人向けは7.2%増の292億円。売上高の約8割を法人向けが占めています。法人向けの中心が「TrendAI Vision One」です。企業のIT環境は、パソコンだけでなくクラウド、サーバー、スマートフォン、メール、ネットワークなどへ広がりました。一つひとつを別の製品で守るだけでは、企業全体で何が起きているのか把握しにくくなります。

Vision Oneは複数領域のセキュリティ情報をまとめ、脅威や侵入の痕跡を分析し、企業全体のリスクを可視化します。つまり、トレンドマイクロは「ウイルスを見つけるソフト」から「会社全体のサイバーリスクを管理する基盤」へ事業を変えようとしているのです。

背景にはAIがあります。AIによって攻撃の速度や規模が増し、ランサムウェアや標的型攻撃だけでなく、AIそのものを巡る新しいリスクも生まれています。AIは従来、人が担ってきたセキュリティ業務の一部を自動化する一方で、守らなければならない対象や新たな脅威も増やしています。

セキュリティにも「SaaSの死」があるのか?

最近、ソフトウェア業界では「SaaSの死」という言葉が語られています。生成AIやAIエージェントが複数の業務を横断して処理するようになれば、企業が用途ごとに多数のSaaSを契約する必要がなくなり、個別サービスの価値が低下するのではないかという議論です。

もちろん、トレンドマイクロの戦略転換が、いわゆる「SaaSの死」を理由としたものではありません。ただ、個別製品から統合プラットフォームへ競争軸が移るという点では、共通する動きがあります。

同社は2026年から単体SaaS製品の販売を停止し、Vision Oneへの移行を進めています。Vision OneのARR(年間経常収益)が伸びる一方、従来の単体SaaS製品のARRは減少しています。

トレンドマイクロ全体のARRも、2026年上期に為替影響を除いて前年同期比5%増えました。これは「SaaSがなくなる」というより、SaaSの単品販売から、複数の機能を束ねるプラットフォームへ競争軸が移っていると見るほうが実態に近いでしょう。

企業側にも、端末用、メール用、クラウド用などを個別に管理するより、一つの基盤で企業全体のリスクを把握できるメリットがあります。ただし、機能を増やせばクラウド利用量も増え、AIを使うほどトークンコストも発生します。今回の利益下方修正は、AIを活用したサービスの高度化や機能拡充に伴い、新たなコスト負担が生じていることを示しました。

AIでセキュリティ企業は不要になるのか?

では、AIがさらに進化すれば、セキュリティ企業そのものが不要になるのでしょうか。大量のログを監視する、異常を検知する、脅威を分類するといった仕事の一部はAIに置き換わっていくでしょう。

しかし、攻撃側もAIを利用します。AIによって攻撃コードを作り、脆弱性を探し、フィッシングメールを大量に生成できれば、サイバー攻撃のコストは下がります。防御側には、それ以上の速度で異常を発見し、企業全体のリスクを判断する仕組みが必要になります。

その結果、個別のセキュリティソフトの価値は低下しても、企業全体を守る統合基盤の重要性はむしろ高まる可能性があります。トレンドマイクロの株価急落とその後の反発は、この期待と不安の両方を映しているともいえるでしょう。Vision Oneは成長しています。一方で、AIを活用してサービスを高度化するほど、AI・クラウド関連費用も増えます。

今後の焦点は、サイバーセキュリティ市場が伸びるかどうかだけではありません。Vision OneのARRをどこまで伸ばせるのか。増えるAI・クラウドコストを価格や利用量に転嫁し、再び利益成長につなげられるのか。

AI時代に問われているのは「セキュリティ会社がなくなるのか」ではなく、「AI時代に必要とされるセキュリティ会社へ変われるのか」なのです。

文=KIJIKUL編集部
※本記事は情報提供を目的として作成したものであり、特定の企業、商品、サービス、金融商品、投資その他の取引を推奨または勧誘するものではありません。掲載内容は記事公開時点の公開情報等に基づいており、意見・見解・予測などは執筆者または編集部の判断によるもので、予告なく変更される場合があります。内容の正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、最終的な判断はご自身の責任において行ってください。【KIJIKUL編集部】

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