【アメリカ関税戦争100年史】スムート・ホーリー法が教えるトランプ関税の行方

第2次トランプ政権が打ち出した一連の高関税政策は、世界経済を再び大きく揺さぶっています。米国内では製造業復活や貿易赤字是正を掲げる一方、各国との報復関税の応酬や市場の混乱、物価上昇などの副作用も顕在化しています。実はアメリカには約100年前、同じように高関税政策が世界恐慌を悪化させた苦い歴史がありました。それが1930年の「スムート・ホーリー関税法」です。
トランプ関税が世界経済にもたらした衝撃
2025年に発足した第2次トランプ政権は、「アメリカ・ファースト」を掲げ、かつてない規模の関税政策を打ち出しました。
対象となったのは中国だけではありません。カナダ、メキシコ、日本、EUなど同盟国を含む幅広い国・地域に対し、国別関税、鉄鋼・アルミ・自動車などへの品目別関税、さらには「相互関税」が導入されました。
トランプ大統領は関税について「辞書の中で最も美しい言葉」とまで表現し、高関税こそアメリカ経済を再生させる切り札だと主張しています。
背景には三つの狙いがあります。
第一は、年間1兆ドルを超える巨額の貿易赤字を縮小することです。
第二は、海外へ移転した製造業を国内へ呼び戻し、雇用を回復させることです。
第三は、関税収入を増やし、減税政策を支える財源を確保することです。
しかし、現実は想定どおりには進みませんでした。各国は報復関税を検討・実施し、国際的な通商関係は急速に緊張しました。企業はサプライチェーンの再構築を迫られ、輸入原材料価格は上昇しました。
アメリカ国内でも建設資材、自動車、家電、食品など幅広い分野で価格上昇圧力が強まり、消費者負担が増加しました。さらに株式市場では株価下落、ドル安、米国債売りが同時に進行する場面も見られ、金融市場の不安定化も目立ちました。
こうした中、2026年2月、米連邦最高裁は、国際緊急経済権限法(IEEPA)は大統領に関税を課す権限を与えていないと判断し、同法に基づく相互関税や薬物流入を理由とした国別関税を違法としました。ただし、これは関税そのものを否定したわけではなく、争点となったのは、IEEPAの「輸入を規制する権限」に、関税を課す権限まで含まれるかどうかでした。最高裁は、IEEPAには関税や課徴金についての明示的な規定がなく、同法に基づいて大統領が関税を課すことはできないと判断しました。
つまり、関税政策そのものだけではなく、その法的根拠までが大きな論争となっているのです。もっとも、アメリカが保護主義へ傾くこと自体は珍しいことではありません。建国以来、アメリカは自由貿易と保護主義を国益に応じて使い分けてきました。
19世紀にはイギリスとの工業競争に勝つため高関税を維持し、自国産業を育成しました。未成熟産業を保護し、十分に競争力を持った後に自由化へ転じるという戦略は、当時のアメリカ経済発展を支えた重要な政策でもありました。しかし、その成功体験が行き過ぎたとき、大きな失敗を招くことになります。
「スムート・ホーリー法」が生んだ大恐慌の悪夢
トランプ関税を語るうえで必ず登場するのが、1930年のスムート・ホーリー関税法です。
この法律は共和党の上院議員リード・スムート氏と下院議員ウィリス・ホーリー氏の名前に由来しています。1929年にニューヨーク株式市場が暴落し、アメリカで始まった深刻な経済危機は世界へと波及していきました。アメリカ政府は農業不況や産業不振を救済するため、高関税によって外国製品を締め出し、国内産業を守ろうと考えました。
その結果、農産物から工業製品まで幅広い輸入品の関税率が引き上げられ、アメリカの保護主義は一段と強まりました。しかし、この政策に対しては当時から強い反対がありました。1000人を超える経済学者がフーヴァー大統領に対し、法案への署名拒否を求める嘆願書を提出したことは有名です。彼らは、高関税は世界貿易を縮小させ、景気悪化をさらに深刻化させると警告しました。ところがフーヴァー大統領は法案に署名し、スムート・ホーリー関税法は成立しました。
その後、カナダや欧州諸国などが対抗措置を講じ、各国の保護主義的な政策が連鎖しました。世界貿易は急速に縮小し、輸出に依存していたアメリカ農業は大打撃を受けました。工業製品の輸出も急減しました。世界全体で貿易量は大きく落ち込み、企業倒産や銀行破綻、失業者の増加が連鎖的に広がりました。
もちろん、大恐慌の原因をすべてスムート・ホーリー法だけに求めることはできません。大恐慌は1929年の株価暴落を大きな契機として、銀行危機、信用収縮、需要の減少、金融・財政政策上の問題など、複数の要因が重なって深刻化しました。
しかし、多くの経済学者は、スムート・ホーリー法が世界貿易の縮小を加速させ、恐慌を長期化・深刻化させた重要な要因だったと評価しています。さらに経済ブロック化が進み、各国は保護主義を競い合いました。国際協調は崩れ、経済対立は政治対立へ発展していきました。その流れの中でドイツ、日本、イタリアなどでは軍事的拡張路線が強まり、第2次世界大戦へ向かう国際環境が形成されました。
高関税政策だけが戦争を引き起こしたわけではありません。しかし、保護主義が国際社会の分断を深めたことは否定できない歴史的事実です。この反省から戦後は、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)やIMF(国際通貨基金)が創設され、自由貿易を軸とした国際経済秩序が築かれました。GATTは戦後の多角的貿易体制を支え、1995年に発足したWTOへと引き継がれました。
歴史の教訓からトランプ関税の行方を読む
では、トランプ関税はスムート・ホーリー法と同じ結末を迎えるのでしょうか。結論から言えば、当時と現在では経済構造が大きく異なるため、同じ展開をそのままたどる可能性は高くありません。
現在、各国の企業は複雑なサプライチェーンで結ばれています。アメリカ企業自身も海外から部品や原材料を調達しています。そのため、高関税は外国企業だけでなく、自国企業にもコスト増という形で跳ね返ってきます。また、金融市場や中央銀行による政策対応も1930年代とは比較にならないほど高度化しています。
それでも、スムート・ホーリー法との共通点は少なくありません。
第一は、「国内産業保護」を掲げて高関税を導入した点です。
第二は、各国との報復合戦を招いている点です。
第三は、市場の先行き不透明感が強まり、企業の投資判断が慎重になっている点です。
つまり、高関税は短期的には交渉カードとして一定の効果を持つ可能性がある一方、長期化すればするほど、自国経済への負担が大きくなる構造は100年前と変わっていません。実際、第1次トランプ政権時の対中関税についても、多くの研究機関が「企業や消費者の負担が利益を上回った」と分析しています。
製造業回帰についても、一部では工場建設が進みましたが、人件費や人材不足などの構造的課題を解決するには至っていません。加えて、今回の第2次政権では、米連邦最高裁がIEEPAに基づく関税を違法と判断しました。ただし、政権には通商拡大法232条など別の法律を用いて関税政策を続ける余地があり、政策の行方にはなお不透明さが残ります。
一方で、トランプ政権は関税を外交交渉の材料として利用する側面も強く、最終的には各国との交渉を通じて一定の譲歩を引き出したうえで税率を調整する可能性もあります。
つまり、現在は「全面的な保護主義」ではなく、「交渉のための保護主義」という性格も併せ持っているのです。もっとも、交渉が長引けば企業活動は停滞し、世界経済への悪影響は避けられません。
歴史が教えている最大の教訓は、「高関税そのもの」ではなく、「報復の連鎖」が最も危険だということです。一国が関税を引き上げれば、相手国も報復します。その結果、誰も得をせず、世界経済全体が縮小してしまいます。だからこそ、歴史の教訓を冷静に振り返りながら、関税政策の功罪を見極める姿勢が今、世界に求められているのです。
文=夏樹真生(経済ジャーナリスト)
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