上司は「さん」呼びがいい?「課長」「部長」で呼ばない職場は何が変わるのか

「課長」「部長」ではなく、「○○さん」――。上司を名字に「さん」を付けて呼ぶ人が増えています。文化庁の「国語に関する世論調査」では、課長への望ましい呼び方として「名字+さん」を選んだ人は25.5%。20代では42.5%に達しました。一方、依然として「課長」が62.9%と多数派です。役職名は敬意を示すのか、それとも上下関係を強めるのか。「さん付け」がパワハラやセクハラを防ぎ、風通しのよい職場づくりにつながる可能性を考えます。
「名字+さん」が25.5%、20代では42.5%に
「鈴木課長、ちょっとよろしいでしょうか」
こうした呼び方が当たり前だった日本企業で、変化が起きています。文化庁が発表した2025年度「国語に関する世論調査」で、「会社の課長に部下が呼び掛けるとき、どの呼び方が一番望ましいと思いますか」と尋ねたところ、最も多かったのは「課長」の62.9%でした。これに「名字に『さん』を付ける」の25.5%、「課長さん」の6.4%が続きます。
つまり、現時点では「役職名で呼ぶ」が依然として多数派です。しかし、注目したいのは「名字+さん」の増加です。参考資料によると、「名字+さん」を選んだ割合は1996年度の8.8%から2015年度には16.0%、今回25.5%へと増えています。反対に「課長さん」は大幅に減少しました。さらに大きな違いが表れているのが世代別です。
「名字+さん」が望ましいと答えた人は20代で42.5%に達する一方、70歳以上では13.7%でした。若い世代ほど「○○課長」より「○○さん」を自然に受け入れていることが分かります。
文化庁の調査は全国の16歳以上の日本国籍を有する6000人を対象に郵送で行われ、有効回答は3777人でした。なお、2020年度から調査方法が郵送法に変わっているため、文化庁自身も2019年度以前との単純比較には注意が必要だとしています。それでも、「名字+さん」を望ましいと考える人が増えているという大きな流れは読み取れそうです。
「課長」「部長」が多数派なのはなぜか
では、なぜ日本企業では今も「課長」「部長」と役職名で呼ぶ文化が強いのでしょうか。
第一に、役職名そのものが敬称として機能してきたからです。「田中さん」より「田中部長」、「佐藤さん」より「佐藤課長」と呼ぶことで、その人が組織の中で担っている責任や権限に敬意を示す。特に上下関係を重視する企業では、役職名は単なる肩書ではなく、社内秩序を維持する仕組みの一部でもありました。専門家も、日本では組織内の秩序を保つため、目上の人を役職や関係性で呼ぶことが多かったと指摘しています。
第二に、役職名で呼ぶほうが仕事上の立場を明確にできるというメリットがあります。会議で「部長」と呼べば、個人としてではなく「部長という責任者」に意見を求めていることが分かります。組織の指揮命令系統を明確にするという意味では合理性があります。
また、「さん付け=誰にとっても快適」とも限りません。若い世代が敬意を込めて「さん」と呼んでいても、上の世代には「役職名で呼ばれないのは軽く扱われている」と感じる人がいる可能性があります。呼ぶ側はフラットに接しているつもりなのに、呼ばれる側は「敬意がない」と感じる。ここにも世代間ギャップがあります。
したがって、「さん付けにすれば新しい会社、役職名なら古い会社」と単純に分けることはできません。重要なのは、呼称がその会社の組織文化とどのように結び付いているかです。
「さん付け」は上下関係をなくすためではない
一方、「さん付け」には役職名にはないメリットがあります。最大の特徴は、肩書と人を切り離せることでしょう。「部長」「課長」と呼び続けていると、日常会話でも上司と部下という関係が常に意識されます。これに対して、社長から新入社員まで「名字+さん」で統一すれば、呼び方の上では全員が同じになります。
これは、組織のフラット化とも相性がいい考え方です。「さん付け」を推奨する企業もあり、こうした職場文化の変化が背景にあると考えられます。
2025年のシティリビングWebで実施したアンケートでも、上司の呼び方は「さん付け」が43%、「役職名」が24%、「相手による」が30%でした。さらに、自分が上司になった場合に部下からどう呼ばれたいかという質問では、「さん付け」が67%を占めています。
背景には組織そのものの変化もあります。かつての日本企業では、入社から定年まで同じ会社で働き、「主任→係長→課長→部長」と昇進していくモデルが一般的でした。しかし、現在は専門職やプロジェクト型組織なども増え、肩書も複雑になっています。
役職名が変わるたびに呼び方を変える必要があるのに対し、「田中さん」であれば、課長から部長になっても、役職定年を迎えても呼び方は変わりません。ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、「さん付け=上下関係をなくすこと」ではないという点です。上司と部下では責任も権限も違います。「さん付け」は、その違いを消すためではなく、必要以上に心理的な上下関係を強調しないための仕組みと考えるほうが適切でしょう。
「さん付け」でパワハラ、セクハラは防げるのか
もう一つ見逃せないのが、ハラスメントとの関係です。かつての職場では、上司が部下を呼び捨てにしたり、男性社員を「○○君」、女性社員を「○○ちゃん」と呼んだりする光景も珍しくありませんでした。しかし、呼ぶ側が親しみを込めたつもりでも、呼ばれる側が同じように受け止めるとは限りません。
「ちゃん付け」や悪意を感じさせるニックネームが、セクハラやパワハラと受け取られる可能性が指摘されています。その意味で、性別、年齢、役職にかかわらず「名字+さん」に統一する方法には合理性があります。社長も「○○さん」、部長も「○○さん」、新入社員も「○○さん」。少なくとも呼称によって「上か下か」「男性か女性か」を区別する必要はなくなります。
さらに重要なのが、心理的安全性です。部下が上司に問題点を報告しなければならない場面を考えてみましょう。「部長、申し上げにくいのですが」と切り出す職場と、日頃から「田中さん、少し相談があります」と話せる職場では、心理的な距離が違う可能性があります。呼び方そのものが心理的安全性を高めるとは限りませんが、上司との心理的な距離を考える一つの要素にはなり得ます。
不正やトラブル、顧客からのクレームなど、経営にとって本当に重要な情報ほど「上司には言いにくい」ものです。呼び方を変えただけで組織風土が変わるわけではありませんが、上下関係を必要以上に意識させないことは、発言しやすい環境をつくる一つのきっかけにはなります。
一方で、「さん付け」を導入しただけでパワハラやセクハラがなくなるわけでもありません。「○○さん」と呼びながら高圧的な命令をしていれば意味はありません。反対に「部長」と呼んでいても、自由に意見を言える職場はあります。
結局、「役職名」か「さん」かという二者択一より、どのような関係をつくりたいのかが重要なのです。文化庁の調査では、まだ「課長」が62.9%と多数派です。一方で20代では「名字+さん」が42.5%まで増えました。これから若い世代が管理職になるにつれ、「さん付け」はさらに一般化する可能性があります。
中小企業にとっても、呼び方は小さな問題ではありません。社長や管理職をどう呼ぶかには、その会社が「肩書」を重視するのか、「個人」を重視するのかという組織文化が表れます。
「○○部長」から「○○さん」へ――。わずか数文字の変化ですが、そこには日本企業の上下関係やコミュニケーションのあり方が変わりつつあることが映し出されているのではないでしょうか。
文=KIJIKUL編集部
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